母は夏過ぎから体調を崩し老人ホームから病院に移った。
病名は胆ガン。
母の容態は徐々に悪くなっていった。
その日は、姉兄とその家族とで見舞いにいく予定にしていた。
私は仕事の都合で遅くなり、病室前で「お母さんの容態は少しよくなったので皆さんちょっと帰って来る。」との伝言を看護師から聞いた。
私は独り病室に入った。
母と2人になったのは何年ぶりだろうか。
母の目があいていたら顔をジーとは見ていられなかっただろう。
母の口元は私に何か言いたいような感じだった。
私も言いたいことがたくさんあった。が、取り付けてあった計器の数値が異常を示し、看護師が病室へ入ってきた。
看護師が慌てて医者をよんだ。
医師から身内を早く呼ぶように荒い口調で言われた。
姉兄へ連絡したが、つながらなかった。
母は私の目の前で生死をさ迷っていた。
私が病院に到着して、1時間もたっていなかった。
先生と看護師の「ご愁傷様でした。」の言葉。
私は知らない間に母の手を握っていた。
冷たいはずの母の手は私の汗と涙で温かく感じられた。
先生と看護師が病室を去ったあと、私は母とまた2人きりになった。
私は母の手を握り続けていた。
義援金で買ってくれた軍手、あの時私が温かく感じた軍手の様に感じて欲しいと願った。
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