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人生録 H.19.12.9

2011年12月31日

着いたのは10時前だった。

事前にお願いしてあったボランティアの方は柏崎市役所の職員の方53名、柏崎産業大学から5名、上越教育大学から7名のボランティアの方と私を入れて65名での活動であった。

今回の活動に多くの皆さんが参加していただき感激した。

市役所の駐車場に入ると大勢の姿が見えた。

迎えに出ていただいた方があまりにも多く場所を間違えたかのようだった。

復興支援室の政金係長に会って挨拶をして、そして全員皆さんに挨拶をした。

盛大な拍手をいただいた。

ボランティアの方々と事前に場所と個数等の打ち合わせがしてあったのでその確認作業に入った。

確認が終わり数班に分かれて駐車場を後にして活動に向かった。

私の班は私と学生全員の13名で編成され活動に入った。

規模の大きい3カ所の応急仮設住宅の活動を行ったが、機敏さ、行動力にかけては2校の学生はすばらしく優れていた。

そのお陰で計画通りに進み、14時頃には全てが終わった。

仮設住宅の皆さんにケーキを贈って喜んでいただき、そして始めて会った大勢の方に厚意で協力をしていただき私は来て良かったと一層の感激を味わった。

柏崎市役所に帰り今回の企画と活動に協力していただいた政金係長と大塚係長方々、そして学生たちにお礼を述べ、その足で直ぐに長岡市山古志応急仮設住宅へと向かった。

途中、蓮池薫さんの里へサンタクロースの姿でショートケーキを持ってお邪魔した。

薫さんのお父さんとお母さんに会った。

いきなりだったのでびっくりされたが、サンタクロースの帽子とあごひげ取ったとき私だと分かっていただいた。

山古志応急仮設住宅へ着いたのは16時過ぎだった。

少し薄暗くなっていた。

山古志災害ボランティアセンターへ挨拶に行き、まだ仮設住宅に住んでおられる方にショートケーキを贈ることの許可を貰い仮設住宅に向かった。

私は1人で明かりの付いている自宅を漏れなく回りショートケーキを贈って歩いた。

ある4人暮らしの家族の方に「貴方が最後のボランティアの方ですね。」と言われた。

前方数メートルしかわからないほど暗くなった頃、仮設の前の一段下がった畑で誰か私を呼んでいるような気がした。

近づいて見ると畑の土と、似た色の服を着たおばあさんがうずくまっていた。

私は1人で起こそうとしたが無理と思いボランティアセンターに行き連絡しようとした。

ちょうどお巡りさんに出合い事情を話した。

おばあさんは転んで立てなくなっており、体は冷えきっていた。

集った何人かでおばあさんが住んでいる仮設住宅の中に運び、そしてこたつで休ませた。

仮設住宅には約600世帯中20世帯余り残っておられた。

気がつくと外はもう真っ暗だった。

山古志災害ボランティアセンターに戻り、私が2年前に贈ったイルミネーションの明かりの下で番犬「ムクちゃん」と最後の記念写真を撮り長岡市山古志災害ボランティアセンターに“さよなら”をした。

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